2014/03/16

経験とは?


 ”経験”は積み木のパーツのひとつ

。。。なにやら”人生訓”みたいになってますが(苦笑)
音楽の事を考えていたら出てきました。

ようは
 壊れてもまた積み上げればいいじゃん!
 積み上げるモノ(経験)は消えてなくなったりしないよ。
ってことです。

壊すことが必用な時に躊躇したくないなぁ~ とね。

ま、チョッとした覚書です。

 P2257847

<<<追伸>>>
忘れないうちに。。。

多くの人は”積み木を積み上げて出来ている物”がほしいの。
それもバラバラにならないカタチで。。。

あぁ、そうか。
”経験”は、「人に評価させてはいけない」んだ。

 「自分で評価してあげなくちゃ!」

それも、”経験した結果” ではなく

”経験。そのものを!”

。。。いけない。逸れた。(苦笑)

”経験”って大したものでもないモノのほうがきっと多い。。。
でも!このパーツを使って組み上げないと
”大したモノ”になる可能性が生まれないんじゃないかな。

と、思ったのでした。

。。。大したモノ。。。にならなかったら?

 壊してまた積みなおします。。。きっと。(笑)

そのための覚書。

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2008/08/08

自業自得?因果応報? そして言霊の正体Ⅱ

教える。ということは常に発信側にいることなので、言葉や身振りやなんやらかんやらで
教わる側の人に伝えることを行います。レッスンにおいて全力であることはもちろん、
踊りの場合は心の表出という現象が起こりえるため、お話をしたりブログとかも開設したりするわけですが。
少しの覚悟が足らないがために、結局苦しむことになるわけです。

私の踊りの先生は当時よく私らのことを「私の子供たち。」という表現を使っていました。
「おいおい。大して年は変わらないぞ(笑)」
。。。当時の反応です。
実はちょっと前に、私は私の生徒たちを「私の子供たち。」と呼びたくなることがありました。
当時を振り返っての照れもあったかもしれませんが、私はこのことを何らかの形にすることを避けました。
覚悟が足りなかったのです。
親と子は他人ではないので当人の心の深いところまで踏み込むことがあります。
産まれて最初に踏み込むことが許される唯一の関係でしょう。
「人の心に踏み込む。」そして「自分の心に踏み込ませる。」この関係を作る覚悟を決められなければ
「私の子供たち。」などという言葉は使えない。実際使えなかったわけです。
その結果、身にならない後悔をしています。。。苦しいですね。
生きていれば後悔などしょっちゅうですが、少しでも何かの糧にしたいものです。
でなければまた同じことをするのですから。
ためらってはいけない。覚悟しなければならない。

そして以前書いたものに「言霊の正体」という文があります。
これは人に言われて何らか反応する言葉の言霊はあなた自身の言霊である。というような内容ですが、
この時にわざと書かなかったことがありました。それは「言った人の言霊は言った瞬間実現されますが、
かわりに責任が生じる。」ということです。これは目的の邪魔になると思い書かなかったのですが、
どこかで書かなければならなかったことのようです。
言霊ゆえに「言った人」とくくりましたが、これは何らかの行為に対しても同様に発生するものです。
私は「書かない。」「形にしない。」という行為をしたので自業自得というか因果応報というか
きっちりその責任がやってきました。
そのため今回遅らばせながら「書く。」「形にする。」という行為を行いました。
もちろんこの行為にも責任がついてくるわけですが、
同じ後悔でも覚悟が決まっていたほうがまだましと考えました。
だから、生徒さんたちはいかに年齢が離れていようとも「私の子供たち。」です。
そんな関係を私は作っていくのです。(なんか親の押し売りみたいで締まりませんね。)

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2008/06/04

言霊の正体

魔法の言葉という詩があります。
大昔は口にしたことが本当に起こったりしたんだよ、それを魔法の言葉と呼ぶんだよという話。
詳しくは本になっていますので興味のある方はご覧下さい。絵本もあります。
うちにはなぜか本も絵本もあるのですが、ずっと合点がいかない話だったのです。
「そんな都合のいい話あるはずがない。詐欺だ(笑)」

「お前なんか殴ってやる!」
そう言って殴る人は、世の中にあんまりいないと思うのです。
“殴る”を表現するとその思いはどこかにいってしまう。だから口にすると殴りにくくなる。
言う前に殴るほうが殴りやすいですね。
こんな感じで、感情や想いをなんらか表現するとなぜか満たされた気になる。
あ、これが魔法の言葉なんだ。と思いました。口にするだけでその人は満たされているのですから。

私は、「言霊っていうのは口にした人の魂だ。」となんとなく思っていたのですが、
魔法の言葉に合点がいったら今度は言霊のイメージが違っていることに気がついたのです。

言霊とは、聞いた人の感情や感想です。言った人にはなんら関係がありません。
以前、言葉には言霊があって口にする言葉や書く言葉は人に影響を与えるというようなことを
聞いて「なんかへんだなぁ」と思っていたのです。

聞くだけで言っている人のことがわかるなんてちょっと考えにくいです。
が、聞く人すべてに悪いイメージを与える呪術的な言葉はあります。
でもそれはお話をするときのルールとかマナーで排除されるべきことであり、
その上で聞いた人に何か響いたのであれば、その何かは聞いた人にあるのではないでしょうか。
良かれ悪しかれ響く人には響く理由があるのだと思います。

響いた人の中で、響いたことに不快を感じて文句を言われることがありますが、
響いたことを大事したらいいのにね。言霊が大事ならなおさらにそう思うのです。

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